Martin Histroy
martinさんの音楽のヒストリー。自己インタビュー方式
- :: DTMとの出逢いは? ::
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14歳の頃、兄様がパソコンを購入。これはNECのPC9821であった。
いわゆるOSのウインドウズなどまだ出ていない頃であります。
音楽制作に取りかかった兄はセンス抜群、私は圧倒され、
作曲にちょっと興味を持ち始めます。ちなみにこの頃の作曲方法は、
プログラミング形式で(Music Macro Language)と言われるもの。
最初意味分からないので避けて辞めていたんですが、どういうわけか
しばらくした後、本格的に聞き込みやデータ比べで挑戦するように。
しょっぱなからオリジナル曲にガンガン挑戦し、40曲ほど作成した。
しかし形もクソもないオリジナルが半分以上を占めていた。
リフ2小節でループする曲も存在し、そっちのほうが
構成を組み上げた物よりも出来がよく聞こえるくらい未熟だった。
これこそ繰り返しの美学ではないかと今では思える(笑)
- :: MIDIに移ったのはいつ? ::
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お父さんパソコンがIBMのAPTIVAになり我が家にもWIN95が到着。
スタッフウインドウ中心ソフト「Recording Session for win」を使う。
プログラム形式を2年ほどやっていたため楽譜に慣れず結構苦労する。
音源は90年代後半のDTMERが知る人ぞ知る「WINGROOVE」を使用していた。
あの古い時代にしては低レイテンシーで、当時のROLANDのVSC88より
はるかに使い心地が良いというヘンテコ音源である。
「ソフト音源=演奏がもたる」の不屈の方程式があったため、DTMERは
みんな頑張ってレイテンシーのストレスの中で曲を作ったり、
しょぼい音をどのように上手くアレンジするかなどの試行錯誤が
常に行われていたという印象がある。
当然フリーのソフト音源がバンバン出回るなんて事はない。
確かWINGROOVEもシェアウェアだったような気がする。
その時はオリジナルをあんまり作っていなかった。MIDIの音や譜面作成に
慣れるため耳コピをやっていた。
この頃から萌え用語などが着火段階だったような気がする。
うちでもLeafなりKeyなりのアレンジをするとWEBでの反応が
かなりダイレクトだったのを良く覚えている。
- :: ハード音源購入したのは? ::
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高校一年生の最後のほうだっただろうか。その後4年間をともにすることになる
MU90をオークションだかデジマートだかなんだかで購入。たしか25000円。
デモ音源などの歪みギターの音に圧倒され、「いつかこんなギターで曲作ってやる」と
ロック魂が宿る。はまっていたMR.BIGなどの影響でオリジナルにロック色が出てきた。
オリジナル中心主義思考(?)の傍ら、自分の曲をいかなるアレンジでまとめるかという
編曲面からみた課題に取り組むためにアレンジなども続行。そんなとき、
当時盛んだった音楽配信センター「げーむ音楽図書館」の選出盤形式bestアルバムに
アレンジ曲が一曲選出された。当時ハンドルネームはMARK2。
そのCDのライナーノーツでなんでかしらないが初心者にしては凄いと言われ喜ぶが…。
俺は初心者じゃねえっつーの(笑)とは言いたかった当時DTM歴約4年。
オリジナルについてまだコードやら演出やら知識経験不足だったためか、
聞いてコピーする、そしてソロパートや原曲にない部分を加味する
といった形のアレンジの方がオリジナルよりも出来がよかった。
一部で俗に言う原曲拡張というもんにあたるだろうか。
その"加味して作る"という比重がどんどんオリジナル作曲にうまいこと
影響していって、8割程度がオリジナル曲という現在のスタイルに結びついた。
やはり作り慣れする、という事が初心者の必須学習法と思う。
- :: 現在への変遷は? ::
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まず大学在学中にあったXG SOUND WORLD 2002の受賞は歴史的に大きい。
受賞という事自体結構驚きなのだが、個人的には受賞よりも副賞に
価値を感じている(爆)なんせMU2000とPLGボードDR、PF、ANと三枚頂いてさらに
UW500までを金をかけずに手に入れたということで、これは大きい。
まあとにかくそのおかげで今の環境があるわけで、大会にエントリーしてなかったら
今だにMU90だったんかなと考えるとやっぱ大事だ。投票してくれた皆様には
感謝してもしきれないですね。あともちろん審査員のみなさまもね。
今考えるともらった直後くらいにASIOが浸透しだしたので、タイミング的にも
実にベスト&ラッキーだったんじゃないかな、と思います。
ちなみにこのころ、INTERNATIONAL PROGRESSIVE ROCK BAND”
「DREAM THEATER」に心酔する。今も心から酔っ払いっぱなしの状態です。
ちなみにサークルではずっとバンド活動をやっていたんですが、
高校までDTMでPC対面という形で音楽をやってばかりいた私に大きな
変化をもたらした環境だと思っております。「音楽的には合うが人として合いにくい」
そんな人やその逆もしかりという環境の中、どうバンドのサウンドをまとめるか、
それは難しくも非常に面白いことなのです。自分の思い通りに音を操る
DTMとはぜんぜん違う感覚ですが、時として完成品(ライブ)は自分の想像を
遥かに超えた素晴らしいものが出来上がることもあるわけです。
やはり音楽も人が作り出したものですから、人と人とのケミストリー(謎)
によって成りたっているんだなあと強く感じました。
- :: そして今 ::
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21歳の春、OA・システム関係の営業職で会社員することになりました。
就職活動中に何社かゲーム会社のサウンドを作品選考に出すも脱落。
一応音楽の完成品の舞台と言うことで高校の同輩とRPGを一本やってみようと
企画を立ち上げるもいまだ完成の目処たたずちょっとなさけない。
そんな中2006年7月7日の七夕に入籍すなわち結婚。
同時期新卒で入った会社を辞め、今は地場産業の営業企画として現在仕事に奔走中。
嫁さんは大学時代のサークルのベーシストだった友達でしたが付き合い始めて
1年半くらいで結婚という所にたどり着きました。
音楽についてですが、いつか自分のCDや音楽で商売とはいかないまでも、
なんとか生活の肥やしできたらいいなーとは思ってます。
学生のころはそんなに思わなかったんですけど、結婚して
職場での給料に天井がありそうな感じというのもあり、話は変わってきた。
ようは音楽で稼いでローン代を払いたいという悲しい現実があるのですが(笑
まあまあリアルな話はおいときまして。
現時点での夢は大学時代のサークルの友人やネットの知り合いを含む
自分のネットワーク内と協力して超カッコイイCDを作ることです。
いつもいいながら実行に移せてないのがとても情けない今日この頃。
やりたいこと、楽しいことだからこそ実行力が大事だよね。
それでも守らなければいけない家族や生活が優先だから今はちょっと
潜めて計画を練ったり曲作りを磨いているってとこです。
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